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離婚調停体験談⑤

離婚
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離婚調停体験談⑤

離婚する意志は固まった。
ここまで来るのにしばらく時間がかかった。

離婚してスッキリしようと思う日もあれば、朝起きて怖くなる日もある。

周りに相談すればするほど迷いは大きくなる。

離婚なんていつでもできるんだから、もう少し頑張ってみたら?と言う声。
自分が無理だと思うなら無理だし仕方ないよと言う声。
シングルマザーに対しての風当たりの強さの話も聞いた。

別居は続いている。
生活費がもらえるわけじゃない。

離婚しないと保育料も旦那の所得で決まってしまう。
このままでは保育園に預けられない。
預けられなければ働けない。

旦那は私が根を上げて戻ってくると思っている。
もし、これをしてしまったら私は一生旦那の言うことに従って生きる人生になる。

頑張るのか、我慢するのか。
私はどっちの背中を娘に見せたいのか。

最後の決め手はそこだった。

離婚とは、人と比べない心を作る修行である

私は結婚することが夢だった。
大好きな人と大好きな人との子どもを育ててみたかった。

家族でご飯を食べたり、旅行に行ったり、子どもの成長を見たかった。
その時にするだろう会話までイメージしてあった。

人生ってなんて無情なんだろう。
なんちゅう試練を与えるのだろう。
私、今までそんなに悪いことした⁉︎

周りは普通に私が何よりも欲しかった毎日を叶えている。

毎日、外に出るたびに目に入る家族の姿に、無意識に涙が溢れて
精神的にギリギリの状況だった。

人は人、自分は自分。
みんなそれぞれ抱えていることがあるのだから比べても仕方ない。

頭ではわかっていても心がついていかない。

「離婚」
結婚の文字はあんなにワクワクするのに、一文字変わるだけで心臓が締め付けられるように苦しい。

もう修復できないところまで来てしまったんだ。

私は家庭裁判所に向かった。

離婚調停が始まる

聞いた情報によると、調停で決着がつくのは早くても1年。
1年半は覚悟したほうがいい。
そういう理解だった。

結果から伝えると私の場合は1年弱だった。
なぜ比較的に早かったのか。
それは相手の要求にほぼ合わせたから。

調停で揉めるのはやはり養育費などのお金の問題。
私はこのお金についての要求を譲歩した。
何よりも離婚を優先したかった。

調停は、申し立てた側(私)が相手の住んでいる地域を管轄する家庭裁判所に出向くルールになっている。

私はこの時、長野にいて、旦那は関西に住んでいた。

調停は月に一度しか行われない。
その月に話が進まなければまた来月。これが調停だから仕方がない。

この頃の私に支払い能力があれば、弁護士にお願いした。
法テラスを使い、何人かの弁護士さんに相談にいたけれど私には支払えないと諦めた。
支払いの負担を減らすための分割など、方法は用意してくれている。

それでも支払えるか不安だったので、私は調停を選んだ。

旦那に会いたくない。
相談すると、待合室のフロアを分けてくれた。開始時間も30分ずらし、入口などで会わないように配慮もしていただけた。

ただし、どうしても顔を見なければならない日が一度だけある。
それは、調停で離婚が成立するとき。
最後の最後、この時だけは2人そろって同じ部屋に入らなければならない。

でもこの時も、間に裁判所の方が座ってくれたので正面から顔を見ることはなかった。

調停員さんを自分の味方にできるかが大切

調停で立ち会ってくれる方は2名。
私の場合は、60前くらいの男性と女性だった。

1人ずつ呼んで30分くらいずつ言い分を聞く。
それを相手に伝えてくれる。

調停員さんも人間。
公平な立場ではあるけれど、やはりどちらかに寄るもの。

私は、調停員さんに味方になってもらえた。
もらえた結果、遠回しにでも相手を説得するような話をしてくれた。

離婚は消耗する。
調停はハゲるんじゃないかというほど消耗する。

だから、2人が私寄りでいてくれたことにとても救われた。

お金がかかるから、夜行バスで往復したこともある。
なのに、調停が始まり、待合室にいるのに相手が来なかったことも2度あった。

待合室で他の方と一緒になることもある。

この時の空気感、雰囲気、調停の進行の状況。
長くなるので次回書きます。

今苦しんでいるあなた。
大丈夫。
必ず時間が解決してくれる日が来るから。

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