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離婚調停体験談③

離婚
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離婚調停体験談③

旦那の散財にいよいよ我慢できなくなった私は、普段はほとんど連絡をとっていない母に電話をした。
母はとてもびっくりしていた。

当たり前か。
母は私が幸せに暮らしていると思っていた。

「旦那が毎日パチンコに行って、負けるとキャッシングまでするようになった。
数ヶ月様子をみたけど変わらないし、指摘するとキレる。
私はそんなにおかしなことを言っているのかな」

思い出してみると、結婚した頃は預金通帳さえ渡してくれなかった。
お金の管理ができないなら私に預けてくれと喧嘩になったことがある。

この時、結局通帳を投げつけられたけれど、とりあえずは受け取れた。

結婚したら普通に通帳は預けてくれるものだと思い込んでいたので
そうじゃないという事実にこの時もショックだった。

管理できる旦那さんなら、自分で稼いだお金だし管理してくれたらいいだろうとは思う。
けど、放っておいたら全部がパチンコ代。
生活にかかる固定費さえも使い込むことはわかっていた。

離婚原因になるTOP3に入るお金の問題。
結婚前に必ずあなたはどうしたいのかを話しておくべきです。

幸せと希望でいちばん盛り上がる時期。
2人が一緒にいるためにどうしていくのかを話し合える相手こそが
真のパートナーかなと、今の私はそう感じています。

子どもができたら変わると信じていた

当時の私はなかなか根性があるというか、まだ信じていました。

子どもができたら変わるんじゃないか、と。

旦那が子ども好きなことは知っていた。
彼には妹がいて、その子どもたちをとても可愛がっていたし、
独身時代は、友達の子どもにおもちゃを買ってあげていた。

私が今、うまくいっていないのは子どもがいないからだ。

そんなときにわかった妊娠。

伝えたら、「よかった」と言ってくれた。

この子が産まれたらきっと私も周りの夫婦みたいになれる。

そんな期待もすぐに崩れた。
パチンコに負けて酔っぱらって帰ってきた旦那にお腹を蹴られた。

髪を掴んで引きずり回され、何が起きているのかわからない現実と恐怖にパニックになりかけた。

次の日の朝。
旦那はそのことを覚えていなかった。
酔っぱらって記憶がなかった。

あまりのショックに1週間、一度も口をきけなかった。

現実を受け入れられない日々。

この頃にはも見えない歯車が狂っていたんだと思う。

旦那も若かった。
私も若かった。

お互いの主張をお互いが譲れなかった。
誰よりも一緒にいたいから結婚したのに。

誰よりも優しくしたい相手だったのに。

「ありがとう」「ごめんなさい」は魔法の言葉。
言うだけではなく、そこに心がないと何も生まれない。何も築けない。

私は旦那に愛されたかった。
愛されたいと望むだけで、私は先に愛したかと聞かれると、愛していない。

人間関係は近くなればなるほど、日常の愛情表現が照れ臭くなる。
このくらいは言わなくてもわかってくれるだろうとラクをしたがる。

人間関係に、このくらいは言わなくてもわかってくれるだろう、はない。

大切な人を大切にする。

こんな当たり前のことが当時の私にはできなかった。

なんで愛してくれないの?
なんで優しくしてくれないの?
結婚したのだからこのくらいはしてくれるのは当たり前。

違う。
今ならわかる。

離婚して10年以上が経った今でも、よい思い出にはなっていない。

苦しかったし、怖かったし、楽しいことはほぼ思い出さない。
やり直したいとは全く思わないけれど、私にとって必要な時間だった。

必要な経験だった。

暗い部屋で1人。
何があってもこの子は私が守る。泣きながらお腹を抱きしめていたあの日々。

ここまでの痛みを感じられる出来事は人生にそんなに多くはない。
とても貴重で必要な経験だった。

この子が産まれたら何か変わるかな。

それでもまだ私は信じていた。

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